自己紹介

 みなさん、こんにちは(・3・)ノツ。このブログでの私のニックネームは「自分流」。

 私の目標はいくつもあるが、そのうちの一つは、日本のGDP成長率を3%前後にすることだ。

 でも私の究極の目的は、自分が人間的に成長することと、世の中の人々を人間的に成長させることだ。頭脳明晰で逞しくて親切でフレンドリーで寛大で心に理想と希望を抱いた、信念のある人間にすることだよ。

 これは、私の目標、日本のGDP成長率を3%前後にすることと、世の中の人々を人間的に成長させること、この二つを実現するための計画だよ。

|

目次

■自己紹介

■日本人の頭を良くするために命を懸ける清和源氏の『自分流』

■陸羯南(くがかつなん)が私の前世だという直感を感じた

■直感とは何か

■心が全て

■人生の目的は人間的に成長すること。感謝、親切、工夫、成長、幸福。

■「清和源氏心実流(しんじつりゅう)」

■なぜ、この思想を「清和源氏心実流(しんじつりゅう)」と名付けたのか、その根拠

■清和源氏のルーツと私のルーツ

■清和源氏の棟梁の家は一夫一妻を目指していたのではないか?

■清和源氏の根底には、「心が大事」という精神があるような気がする

■日本人にとっては、「心が大事」なのは当たり前

■血筋とは何か

■尊い血筋はあるか、卑しい血筋はあるか

■藤原氏と今の天皇家は百済王家の血筋そのもの

■清和源氏心実流によれば、「尊い血筋」「卑しい血筋」とは何か

■絶えても誇れる清和源氏。続かなきゃ誇れない天皇家。

■日本人の頭が良くなると困る、天皇制既得権益者

■さて、私の血筋に話を戻そう

■天皇制の思想の正反対の思想が、「清和源氏心実流(しんじつりゅう)」だ!

■「清和源氏心実流(しんじつりゅう)」の家紋は、「丸に果実片喰(まるにかじつかたばみ)」

■家紋の果実は何か

■清和源氏が3代で滅亡した歴史から学べ

■世界のみんなも、「清和源氏心実流(しんじつりゅう)」で生きよう!

■なぜ「清和源氏心実流」と名付けて、家紋まで作ったか、その真の目的

■「清和源氏心実流(しんじつりゅう)」のまとめ

■私の血筋と魂のまとめ

■日本人の思想の選択肢が3つに広がった!

■3つの思想の中で「清和源氏心実流」が、唯一、いいよ!

■全ての政党が「清和源氏心実流」支持であることを望む

■日本のGDP成長率を3%前後にするためには、何人、清和源氏心実流になればいいか?

■日本人全員が清和源氏心実流になろう! 子孫にも伝えよう!

■世界中にも広めよう!

■清和源氏心実流のみんなへ 心の友のみんなへ

■偶然ではなく、高級霊の強い意思を感じる

■新約聖書の中の『光の子』

■日本の象徴

この続きは、このリンク先「成長するため、正しい地図を手にしよう」を読んでね

|

日本人の頭を良くするために命を懸ける清和源氏の『自分流』

 まず最初に、自分がどんな人間であるかについて、詳しく説明していこう。

 このブログでの私のニックネームは「自分流」。でも私の本当のニックネームは、「日本人の頭を良くするために命を懸ける清和源氏の『自分流』」だよ(・3・)ノシ。

 私は清和源氏の一族の末裔。私は、「天下一の士(つわもの)」じゃないから、「天下一の士(つわもの)」というニックネームをつけようとしたら、何だか、恥ずかしかった。だから、やめて「自分流」にした。でも、「日本人の頭を良くするために命を懸ける清和源氏の『自分流』」は、本当のことだから、つける時の抵抗感はない。むしろ、血沸き、肉踊る。

|

陸羯南(くがかつなん)が私の前世だという直感を感じた

 それから、私は昔、ある本を読んでいて、「陸羯南」という名前が目に入った時、「あっ、私だ! 陸羯南は私の前世だ!」と直感的に思ったことがある。

 陸羯南(くがかつなん)とは、明治中期の日本のジャーナリストで、山川出版社の『改訂版 新詳説日本史』(1994.3.5)によると、彼は、一般国民の幸福を重視しながらも、その前提として国家の独立や国民性を重視したそうだ。彼は新聞『日本』を発刊して国民主義を説いたそうだ。

 話を元へ戻そう。ではその直感は正しいかどうかというと、分からない。大学の図書館で陸羯南の人柄や生涯について書かれた本が一冊だけあったので、借りて読んだら、自分と非常によく似た人だった。思想も頭の程度も性格も似ている。歴史上の人物で一番自分によく似ている人かも知れないと思った。

|

直感とは何か

 そもそも直感とは何か。直感について沢山の本を読んできたが、納得できる答えを書いた本は一冊もなかった。「直感は絶対正しい。しかし、直感と単なる『気のせい』を見分けることは難しい」という主張が多かった。しかし、もしそれが正しいなら、つまり、「直感」という、絶対正しいことが分かっている価値の高いものと、「気のせい」という、間違いの多い価値の低いものが見分けられないなら、どちらも「気のせい」と同じ低価値の意味しか持たないことになる。それでは意味がない。役に立たない。だが、最近、初めて納得できる答えの書かれた本を見つけた。

 それが、『コーチング・バイブル』(ローラ・ウィットワース他著 2002.9.26)だ。それによると、直感とはそれ自体、正しくもないし、間違ってもいない。それは何かを促す衝動に過ぎない。しかし、直感に対し、門戸を開き、結果にこだわらずそれを表現すべきだ。そうすれば前進することが出来る。直感を無視してはいけない。

 というわけで、直感を無視せずに、陸羯南の話を持ってきて、ここに表現した。

|

心が全て

 昔は、自分が陸羯南の生まれ変わりかどうかを知りたい、と思ったこともあった。だが、それは分からないし、実はどうでもいい。どれだけ自分の心が陸羯南に似ているかだけが問題だ。もしよく似ているならば、私自身が陸羯南の生まれ変わりだろうが、私の守護霊様が実は陸羯南なのだろうが、そんなことにこだわりなく、「陸羯南は我が心の親友」、とすればいい。心が全てだ。

 また、昔は自分が清和源氏の血をどんな風に引いているのか、例えば、尾張源氏なのか、それとは別の流れなのか、DNA鑑定して調べたら面白いのに、と思ったこともあった。実際に面白そうだからやりたい気はする。だが、そんなことは、本当はどうでもいい。どれだけ自分の心が、清和源氏らしい清和源氏の一族の心に似ているか、だけが問題だ。心が全てだ。

 清和源氏の中の清和源氏ともいえる人間は、日本人の頭を良くするために命を懸けるか? 答えは「イエス」。

 陸羯南は、日本人の頭を良くするために命を懸けるか? 答えは「イエス」。

 私は、日本人の頭を良くするために命を懸けるか? 答えは「イエス」。

 それだけ似ていれば充分である。その共通点が大事だ。心が全てだ。

 私は清和源氏の中の清和源氏ともいえる人間と、心が似ている。陸羯南と、心が似ている。それだけしか主張しない。それで充分だ。心が全てだ。

|

人生の目的は人間的に成長すること。感謝、親切、工夫、成長、幸福。

 次に、私の究極の目的、自分が人間的に成長することと、世の中の人々を人間的に成長させることについて、話をしていこう。

 私は次の考えを日本中に広めたいと、以前から強く思っていた。

====================================================

人間にとって一番大切なこと

====================================================

人生の目的は人間的に成長すること。

そのための具体的方法 かつ 幸せになる唯一の方法は、以下の3つのことで常に心を満たし、それらを喜んで実行することである。

・感謝

・親切

・工夫

====================================================

(解説)

 感謝は、自分、他人、神、あらゆるものへ。

 服、食べ物、自分が使っているものなどは、人様が作ってくれたもの。ああ、ありがたい、ありがとう、という気持ちを持つ。

 親切も、自分、他人、神、あらゆるものへ。

 自分の家をきれいに掃除する、ということは、自分と家族に対して親切にする、ということ。「自分よ、きれいにそうじしてくれてありがとう」「どういたしまして」。このように、自分に親切にして、自分に感謝するとよい。

 夢を実現する、目的を実現する、或いは、よりうまくやるためには、どのように工夫すればいいか、を考えることが必須である。工夫すると、賢くなるし、成長する。工夫することは、うまくいくようにするために必要である。

 幸せになるためには、自分自身だけでなく、周りの人達をも幸せにしなければ、本当の意味での幸せにはなれない。

 そのためには、上の3つの実行は必須である。

(解説終わり)

 上で述べたことのキーワードは次の5つ。

感謝、親切、工夫、成長、幸福

 頭文字に注目しよう。

KA 感謝

SI 親切

KU 工夫で

SE 成長し

KO 幸福になる

 母音はあいうえお。カ行、サ行、カ行、サ行、カ行で、覚えやすい。五十音順の先頭の方の最も大事なところを、バランス良く抑えている。あいうえおの母音を抑えて、カ行が1つ目、3つ目、5つ目の3つ、サ行が2つ目、4つ目の2つである。

|

「清和源氏心実流(しんじつりゅう)」

 私は、この思想を「清和源氏心実流(しんじつりゅう)」と名付けることにした。

 また、それから派生して、「清和源氏心実流(しんじつりゅう)」の生き方をする人達のことも、「清和源氏心実流(しんじつりゅう)」と呼ぶことにした。

|

なぜ、この思想を「清和源氏心実流(しんじつりゅう)」と名付けたのか、その根拠

 なぜ、この思想にこのような名前を付けたのか、なども含めて、これから、この「清和源氏心実流(しんじつりゅう)」について、色々と話をしていこう。

 「心が全て。血筋よりも心こそが大事」。「清和源氏心実流(しんじつりゅう)」は、清和源氏の血筋の流派ではなく、清和源氏らしい生き方、あり方、つまり、心の流派だ。

 私のご先祖様かも知れない尾張源氏の祖・源重遠(みなもとのしげとお)は、「清和源氏満政流」である。これは「満政の血を引く人」という意味である。普通、「清和源氏○○流」は○○の子孫の血筋という意味だ。

 しかし、「清和源氏心実流(しんじつりゅう)」は血筋ではなく、思想と生き方についた流派だ。誰でも、この思想、生き方、あり方の人なら、「清和源氏心実流(しんじつりゅう)」だ。これは血筋の流派よりも、遥かに大切な流派である。

 「心実流」はともかくとして、なぜこの思想に「清和源氏」と名付けたのか?

 それは、清和源氏は武勇を大切にしたが、心も大切にした、と私が考えているからだ。藤原氏と天皇家が「血筋が全て」「こっちの血筋は尊い、あっちの血筋は卑しい」という、血筋が全ての価値観を持っているのと、正反対の価値観を持っているからだ。

 そして、清和源氏は、藤原氏と天皇家の「血筋が一番大事だ」という思想と支配から、実力重視の、よりレベルの高い思想へと、日本人を解放したからだ。

 藤原氏と天皇家の「血筋が大事」という思想と、清和源氏の「実力が大事、心が大事」という思想は対照的だ。藤原氏と天皇家は、血筋が大事だから、といいながら、一夫多妻制をとり、人の心と、人自体を粗末にした。

 清和源氏は、心を大切にし、一夫一妻を目指していたが、3代将軍実朝で血が絶えた。

 血筋が大事、血筋が大事といいながら、血筋のためと言って、一夫多妻制をやってきた藤原氏と天皇家。心を大事にして、側室などを置くと正室がかわいそう、ということで、正室を大切にして、子がなくても側室を置かず、血が絶えた清和源氏の棟梁の家。

 血筋が尊い、血筋が尊い、と言いながら一夫多妻制をやってきた藤原氏と天皇家よりも、清和源氏の思想の方が遥かに素晴らしい。清和源氏であることを、誇りに思う。

 心を大事にする。それが清和源氏だ。

|

清和源氏のルーツと私のルーツ

 清和源氏の先祖として、藤原良房がいる。良房は嵯峨天皇の信認が篤く、嵯峨天皇が鍾愛する皇女・源潔姫を降嫁される。子供は藤原明子一人しか生まれなかったが、妻を大切に思う良房は、他に妻を持たず、一夫一妻を貫いた。そして、甥の基経を養子にした。心を大事にして、血筋にそんなにこだわらなかった。文徳天皇と藤原明子との間に生まれた子供が清和天皇であり、清和源氏の先祖である。

 清和天皇の孫の源経基が、清和源氏の初代である。だから、その子孫が清和源氏と呼ばれる。源経基の孫が源頼信である。源頼信は妻の修理命婦を熱愛していて、妻はこの人一人だけだった。二人の間には既に子供が数人いたが、修理命婦は夫が地方に任官している間に浮気をして、浮気相手の子供を生む。源頼義は、源頼信と修理命婦の長男であり、父同様、武勇の誉れが高かった。父を裏切った母および、都の乱れた風紀を嫌がって、父と同じく東国へ下っていった。そして、頼信・頼義父子が、後の東国支配と武家源氏の主流となる礎を築いた。源頼義の妻は平直方の娘、一人のみ。一夫一妻なのは好感が持てる。その間の長子源義家が、実力で清和源氏の棟梁となる。義家の孫の孫が、鎌倉幕府を開いた源頼朝である。室町幕府初代将軍の足利尊氏もまた、義家の子孫である。徳川家康は家系図を捏造して義家の子孫を称し、新田氏の支流ということにして、徳川幕府を開いた。

 なお、私のご先祖様の清和源氏のルーツはあまりはっきりしないが、恐らく尾張源氏と思われる。つまり、源経基の次男で、長男満仲と同腹の弟である源満政の子孫の源重遠の子孫である。重遠の室は、義家の娘であり、重遠は妻が一人だったと思われるので、恐らく、私の先祖は源氏の棟梁義家の血も引いていると思われる。

 『清和源氏の全家系』全6巻(奥富敬之著 新人物往来社)を読むと、私や清和源氏のご先祖様たちは、いかにも清和源氏特有の性格を持っているような気がする。私の清和源氏のご先祖様の家は、誠実で頭がいいことで有名で、地元のために一生懸命働いた立派な人達だったそうだ。「心」と「生き方」が立派なのである。そんな家に生まれたことは本当にありがたい。神とご先祖様に感謝したい。そしてその感謝を表した一つの行動が、このブログの作成である。ただし、今まで言っていた清和源氏のご先祖様というのは、母方の家のことである。父方の家はよく分からない。

 父方の祖母の家は、尾張徳川家の家臣の家だったという。父方の祖父の家はあまりたいしたことのない家だったそうだ。しかし、『清和源氏の全家系』を読んで分かったのだが、出身地と名字から、これもまた清和源氏の一族だった可能性がある。でも全然はっきりしない。あまり活躍していないと、歴史上の文献にもほとんど出てこなくなるから、出自が曖昧になってしまうのだ。

|

清和源氏の棟梁の家は一夫一妻を目指していたのではないか?

 源頼朝の妻は北条政子だが、政子が嫉妬深くて側室を置かせてもらえず、陰でこっそり2、3人の女性と浮気をしたと言われている。源頼朝は浮気者だとか、頼朝はよく浮気をしたからよくない、としばしば書かれる。頼朝の長男源頼家は、側室が2、3人いたと言われる。次男実朝は妻は正室一人のみであった。子は生まれなかったが、妻を大切にする実朝は側室を置かず、甥の公暁に暗殺されたため、源氏の血統は絶えた。正確に言えば、4代藤原将軍の御台所だった、実朝の姪の竹御所が出産時に赤子と共に死んでしまったことにより、絶えた。

 側室を持つ人も多かったが、頼朝の異母兄弟や、頼家・実朝の異母兄弟など、脇腹出の人間は跡継ぎ候補から外されて考えられてきており、実朝のように一夫一妻を目指していたのではないかと考えられる。ただし、あくまで天皇家や藤原氏などと比べて、の話ではあるが。。。

 天皇家や藤原氏は男系の血にこだわっていたが、清和源氏は側室腹の男系の血よりも、正室腹の姉妹の血筋の方を重視した。4代藤原将軍の藤原頼経は、頼朝の同腹の姉の曾孫である。男系に必ずしもこだわっていなかったところが、いかにも日本人らしい。もし、竹御所の子が死なずに跡を継いでいたら、源頼朝の血筋はもっと続いていただろう。

|

清和源氏の根底には、「心が大事」という精神があるような気がする

 清和源氏の棟梁の血筋がなぜ絶えたか、というと、実朝が妻を大切にして側室を置かなかったせいだろう、と思われるかも知れない。直接的にはそれが原因かも知れない。しかし、身内同士で互いに殺し合いをしまくったのが、本当の原因だ。

 実朝が妻を大切にして側室を置かなかった、というのは、実朝だけが突然変異を起こしてそうなったのではなく、古くは、愛妻家の藤原良房、愛妻家の源頼信、身持ちの悪い風潮を嫌って都から離れ、妻一人だけだった源頼義などがいる。藤原良房が愛妻家だったために、孫の清和天皇の子孫が良房の血を受け継ぐ唯一の子孫となったこと、妻一人で真面目な頼信・頼義父子が都を嫌って東国へ進出し、源氏が武家棟梁となる礎を築いたこと、実朝が最後の将軍となって血筋が断絶したことなど、全て、清和源氏の運命に大きく関わっている。

 「正室一人を大切にして、他に側室を置かないことはとてもいいことだ、たとえ、正室が跡継ぎを生んでいなくても、正室のことを大切にして、心を大切にして、妻一人を大切にすることはとてもいいことだ、理想的なことだ」という価値観が、根底に流れていたような気がする。

 心を大切にしなければならない。

 源頼朝の長女大姫の婚約者であった、木曾義高が頼朝に殺され、義高と仲睦まじかった大姫は大変なショックを受けた。大姫の嘆きは深く、こののち義高を偲び、しばしば病床につくことが多く、二十歳ほどで亡くなった。

 この痛ましい実話は、心を大切にしなければならない、ということをよく表している。木曾義高が生きていて、大姫と結婚し、その間に子が生まれていたならば、源頼朝の血筋は絶えずにすんだのかも知れない。

|

日本人にとっては、「心が大事」なのは当たり前

 しかしよく考えると、美化するほどではないかも知れない。

 「血筋が尊い、血筋が尊い」と連呼して、「血筋のため」と称して、一夫多妻制の復活を要望したり、心を粗末にしたり、人を粗末にしたりするのが酷いのは、余程の日本人離れした考えの人達だけで、清和源氏は、ごく普通の日本人らしく、ごく普通に、血筋なんかよりも心を大事にしているだけだろう。

|

血筋とは何か

 武勇の優れた人が沢山生まれる血筋、音楽の才能のある人が沢山生まれる血筋、学問の才能のある人が沢山生まれる血筋、コメディアンの才能のある人が沢山生まれる血筋など、色々な血筋がある。しかしそのような血筋の家に生まれても、自分自身がその方面の才能がなければ、苦労することになる。

 清和源氏の棟梁の血筋は、戦の天才が多く生まれるということで、優れた血筋として武士達に憧れられ、棟梁として崇められていたのだろう。また人間的にも、ついていきたいと思わせる人物も、棟梁の家からはよく出たと言える。

|

尊い血筋はあるか、卑しい血筋はあるか

 才能は、遺伝と環境と努力の賜物なので、血筋と才能とはある程度において、関連性がある場合がある。それでは、そのような才能など一切関係なく、単純に「尊い血筋」「卑しい血筋」というものがあるのか?

 いや、そんなものはない。

 「ある」という人は、「ある」と嘘を主張することによって、人々を騙し、それにより何らかの利益を得たり、それにより虚栄心を満たしている人々である。人間性の低い人々である。そして、頭も悪い。

|

藤原氏と今の天皇家は百済王家の血筋そのもの

 藤原氏と今の天皇家は、660年に祖国百済が滅亡したため日本に帰化した、百済の王子豊璋と王子善光兄弟の子孫に過ぎない。4世紀から8世紀の日本を支配した武人政権の天皇家とは全然別の家だ(藤原氏による、日本史及び天皇家系図の捏造については、鹿島曻著『日本王朝興亡史』(新国民社)、鹿島曻著『増補版・裏切られた三人の天皇』(新国民出版社)、関裕二著『藤原氏の正体』(新潮文庫)を参照せよ)。百済人は貴族として自らの血筋を誇り、日本人は武人として自らの武勇つまり実力を誇る。その思想と価値観の違いは大きい。

 藤原氏と今の天皇家による、2700年天皇家万世一系詐欺と天孫降臨詐欺にはうんざりだ。彼らの主張する尊い血筋というのは、実は百済王族である藤原氏と天皇家の血筋であり、卑しい血筋というのは、藤原氏に滅ぼされた初代天皇家を含めた、自分達百済人以外の全ての日本人の血筋、というわけだ。

|

清和源氏心実流によれば、「尊い血筋」「卑しい血筋」とは何か

 清和源氏心実流によって、「尊い血筋」「卑しい血筋」を定義するならば、次のように定義しよう。一夫多妻制は人や人の心を粗末にする卑しい制度である。従って、先祖達が、正室ではなく、側室から生まれている割合の高い人の血筋を、「卑しい血筋」と呼ぶことにしよう。先祖達が、正室から生まれている割合の高い人の血筋を、「尊い血筋」と呼ぶことにしよう。

 家でいえば、その家の代々の当主が、父親と正室との間の子である比率が高い家を、「血筋の尊い家」、低い家を「血筋の卑しい家」と呼ぶことにしよう。

 だから、清和源氏心実流によれば、庶民は、一夫一妻のご先祖様の割合が非常に高い、ほとんど全員なので、血筋が尊い家である。逆に、藤原氏と天皇家は、血筋が卑しい家である。天皇家は遺伝的にいっても、側室制度復活の要望をする人間が、他の血筋と比べて甚だしく高い割合で出てくることが予想される血筋である。

 一夫多妻制は、妻の心を痛めつけ、妻の人格を酷く傷つける。そのようなことをしてきた家などは、その心の卑しさゆえに、血筋の卑しい家なのである。

 これが清和源氏心実流の価値観なのである。

|

絶えても誇れる清和源氏。続かなきゃ誇れない天皇家。

 「庶民は、正室から生まれている割合が高くても、血筋は尊くない。天皇家は血筋が尊いんだから、側室から生まれている割合が高くても尊いんだ」、と天皇制支持者達は言い訳してくるかも知れない。だが、そんな言い訳は私には通じない。一夫一妻を基本とする王家は、王家でありながら、正室から生まれている割合がほとんど100%のはずだ。庶民だろうが、王家だろうが、心と人を大切にするならば、一夫一妻が基本である。

 源実朝は正室を大切に思っていたので、正室から子供が生まれなかったにもかかわらず、側室を置かなかった。その結果、血筋は絶えてしまった。だが、血筋なんかよりも、人の心と人の尊厳の方が大切だ。よって、一夫一妻を貫いた源実朝を、私は清和源氏の一族の末裔として、誇りに思う。

 天皇制支持者が「2700年続いた男系の血筋だから、天皇制は日本の誇り」というのと正反対の価値観である。たとえ棟梁の血筋は絶えたとしても、心を大切にした源実朝を誇りに思う。清和源氏の棟梁の家は、一夫一妻制を目指して、進化しつつあったのだと思う。血筋は滅びてしまったが。だが、心が全てだ。その心が尊い。たとえ血筋は3代あるいは竹御所を入れて4代で絶えてしまったとしても、一夫一妻に移行しようとしていた、その心は尊い。血筋が絶えても、誇りに思う。

 天皇制支持者が「天皇家は、2700年続いた血筋だから誇りに思う」と言うのとは正反対だ。続いた「から」誇りに思うのなら、もし続か「なかったら」、全然誇りじゃないということになるのに。

|

日本人の頭が良くなると困る、天皇制既得権益者

 頭脳明晰な人ならば絶対に分かることだが、続かなきゃ誇れない程度の、価値のペラペラのものは、実際には、続いても、それほどは価値は高くないのである。たとえば、今天皇家が持っている価値を、2倍の価値に上昇させたいのなら、あと2700年も無理矢理に続かせなくてはならないのである。今現在の価値がそれほど高くない上に、将来的な価値上昇率が、極めて低い家なのである。おまけに、万世一系も、天孫降臨も作り話。

 日本人の頭が良くなると、これらのことに気付かれてしまう。気付かれるとまずいので、藤原氏と天皇家と天皇制既得権益者は、日本人の頭を悪くしよう、悪いままでおらせようという、はっきりとした動機を持っている。日本人の頭が悪いままなら、「天皇は血筋が尊い、天皇の尊い血筋は有り難い」という彼らの主張を信じてしまう。その方が、天皇制があることによる自分達の既得権益を守れるからだ。

 日本は、日本人の頭を良くしよう、という強い動機を持っている人の割合が、著しく低い国だ。ほとんどゼロであると言っても過言ではない。それはそうだ。「天皇に戦争責任がある」と言っただけで右翼に狙撃されるから、命が惜しければ言論弾圧を受け入れ、馬鹿になるしかない。

 イギリス、ドイツなどは、自国民の頭を良くしたい、という強い強い動機を持っている人の割合が、非常に高い。だから彼らは頭がいい。ノーベル賞も良く取る。しかし日本には、自国民の頭を良くしたい、という強い強い動機を持っている人はほとんどいない。それはなぜか。天皇制既得権益者達が、日本の中心に居座り、言論弾圧や狙撃によって、日本人の頭が良くなることを強く強く阻んでいるせいだ。

 それゆえに、日本人の頭を良くする人間を、彼らは殺したくなる動機を持つ。それゆえ、日本人の頭を良くすることは、命懸けとなる。

 だが、自国民の頭を良くしたい、というのは、日本人としての自然な欲求。私は日本人だから、清和源氏の一族なのだから、更に、きっと自分は天下一の士と言われた源義家の子孫だろうと思っているから、日本人の頭を良くするために、命を懸けるしかない。

 自国民の頭を良くしたい、という欲求を全く持たぬ彼らは、明らかに、その心は、日本人ではないのだろう。

|

さて、私の血筋に話を戻そう

 日本人の頭を良くするために命を懸ける清和源氏の私であるが、その血筋について考えてみよう。私のご先祖様は清和源氏の一族ではあるが、何百年か前に一族を引き連れて、この地方に移り住み、武士をやめて農民になって、地域の発展のために貢献した。世のため、人のために力を尽くした一族だったという。非常にかたくて真面目で誠実で働き者だったという。

 清和源氏の一族で、りっぱな庶民となっていた。

 清和源氏の祖は源経基。経基は正室腹である。その次男満政も正室腹。どんどん私のご先祖様の家系をたどっていくと、ひょっとしたら、正室腹の率が庶民の平均と変わらない位高いかも知れない、と思っている。正室腹の次男、三男の子孫で、その後も正室腹の次男、三男の家として分家を繰り返して、私のご先祖様の家に至ったのではないか、と思っている。

 清和源氏心実流による「尊い血筋」といえよう。つまり、庶民の血筋と同程度尊いと考えられる。

 もしも私の魂が陸羯南の生まれ代わりならば、私の血筋も、清和源氏の一族であり、しかも、正室腹の割合の非常に高い血筋ということで、選ばれているのかも知れない、とふと思ったわけである。

 「天皇家や藤原氏は庶民と違うから、正室腹ばかりの血筋ではやっていけない」というのは嘘だという証拠になれるだろう。

 藤原氏や天皇家流の血筋の考え方をしてみても、今の藤原氏の祖は藤原良房の甥の藤原基経に過ぎないから、清和源氏が藤原良房の子孫であるのに比べて劣っている。今の天皇家の祖は光孝天皇であり、清和源氏の祖が清和天皇であることに比べて劣っている。

 血筋がどうのこうのなんて、何通りでも解釈が可能なのである。よって、益々「血筋が尊い」とか「血筋が卑しい」とかに、たいした意味はないことが分かる。

 また、初代天皇家は藤原氏に滅ぼされたとはいえ、その血筋が全滅させられたわけではない。初代天皇家の末裔も、藤原氏や今の天皇家のような百済人とは違い、庶民として、きっと、しっかりと生きているだろう。そこらへんのこだわりの無さは、いかにも日本人らしく、アッサリとしているだろう。

|

天皇制の思想の正反対の思想が、「清和源氏心実流(しんじつりゅう)」だ!

 天皇制は、「尊い血筋の天皇のために、日本人は犠牲にならなければならない」という思想である。その正反対の価値観が、「清和源氏心実流(しんじつりゅう)」だ!日本人は心を大切にしよう!人を大切にしよう!日本は庶民を大事にしよう!庶民こそ日本の宝!

|

「清和源氏心実流(しんじつりゅう)」の家紋は、「丸に果実片喰(まるにかじつかたばみ)」

丸に果実片喰(まるにかじつかたばみ)

Photo

 私の清和源氏のご先祖様の家紋は、いかにも元武家らしく剣があって、「丸に剣片喰(まるにけんかたばみ)」である。それに対し、心の流派である、「清和源氏心実流(しんじつりゅう)」の家紋は、「丸に果実片喰(まるにかじつかたばみ)」とすることにする。

 「丸に果実片喰」は「丸に剣片喰」を基にして作ったので、形は「丸に剣片喰」とそっくりだが、真ん中から出ている緩やかに尖ったものを、3本の剣ではなく、葉に隠れた1つの果実として解釈しているところが違うのである。

 カタバミは雑草であり、庶民的である。カタバミを、「果実は円柱状で先がとがり、真っ直ぐに上を向いてつく」と説明しているサイトがある。「槍のような実を付けます」と表現しているサイトもある。写真もそれぞれ、その通りであった。もともと、先がとがっている果実を剣に見立ててデザインしたのだと思う。これを剣と思わず、本来の果実に戻すことにするのだ。しかも、解釈を大きく変えることにする。「3枚の葉の間に、3つの先がとがったカタバミの果実がある」と解釈するのではなく、「3枚の葉の後ろに、ふっくらと辺の膨らんだ一つの三角形っぽい果実が隠れている」と考える。実際のカタバミの果実とは似ていないので、別のものの果実とする。

 ここで、「清和源氏心実流(しんじつりゅう)」の家紋、「丸に果実片喰(まるにかじつかたばみ)」の象徴する意味について説明しよう。

 カタバミの花言葉は、「輝く心」である。

 真ん中の丸が始まりを表す。3枚の葉の形は、心が大事、の心と同じハート型である。左上の葉が「感謝」、右上の葉が「親切」、下の葉が「工夫」を表す。そして、葉に隠れた三角形の果実の「3」という数字は、何となく、成長をイメージさせるような気がする。これが成長してくると、6角形、8角形、となっていき、次第に円熟し、円に近づいていく、つまり、幸福を表す円に近づいていく。そして、それらを囲む丸の枠は、幸福を意味する。

 このように、「丸に果実片喰(まるにかじつかたばみ)」は、「清和源氏心実流(しんじつりゅう)」の思想を表している。実は、「心実流」とは、家紋の「心」と「実」から名付けたのであった。

 また、更に深く考えると、真ん中の丸は始まりを表すと述べたが、これは神でもあり、また、愛でもあることが分かる。また、一番外側の丸の枠も、幸福を表すと述べたが、これも神でもあることが分かる。人間はみな神の子であり、人間的に成長すると、神に近づいていくからだ。

 新約聖書・ヨハネの黙示録22:13によると、イエスは「わたしはアルファであり、オメガである。最初であり、最後である。初めであり、終わりである。」と言われたそうだ。「アルファ(Α)」は新約聖書の原語であるギリシャ語のアルファベットの最初の文字で、「オメガ(Ω)」は最後の文字だ。「丸に果実片喰(まるにかじつかたばみ)」の真ん中の丸と一番外側の丸の枠はどちらも神を表すが、これは偶然にも、この聖書の言葉と似ている。

 「■人生の目的は人間的に成長すること。感謝、親切、工夫、成長、幸福。」では、感謝、親切、工夫、成長、幸福の母音と子音の配列について述べたが、「丸に果実片喰(まるにかじつかたばみ)」の真ん中の丸の表す愛は、「AI」であり、五十音順の先頭のア行の最初の二文字を表す。これはとても偶然とは思えない。愛は心の教えにおいて一番最初に来る一番大事なものであり、それが五十音順の先頭の「あい」と同じなのである。

 キリスト教の教えでも、愛が最も強調され、「神は愛である」としばしば表現される。

 なお、ギリシャ文字の4番目の「デルタ(Δ)」が、「丸に果実片喰(まるにかじつかたばみ)」における、4番目の要素である「成長」を表す三角形(△)とそっくりなのも面白い。

|

家紋の果実は何か

 家紋のデザイン上、実が三角形になるのは避けられないことである。なお、この膨らんだ三角形の果実は、ごくたまにしか見つからないものではあるが、三角形のバナナを表すものとする。バナナの外の皮はふっくらとした多角形で、ほとんどが五角形だが、たまに四角形があり、もっとたまに三角形もある。従って、本来は五角形なのであろう。未熟な青っぽいバナナの皮が、ちょっと外側に引っ張られる感じで湾曲しながら尖っている感じが、「丸に果実片喰」の尖った三角の実とよく似ている。片喰の家紋も色々なバリエーションがあることが知られているが、中には四葉の家紋もある。四葉の片喰は、三角のバナナなどよりも、遥かに珍しいものであるが、それを家紋としている家もあるのである。それと同様と考えてもらいたい。

 バナナは、中の実の断面は丸だが、実が扇形に三等分される。中の実が三等分されていることの影響で、外の皮も五角形にならないで、三角形や四角形になるものが生じているのかも知れない。カタバミ同様、我々のごく身近なものである。バナナの直径も、カタバミの三枚の葉の描く直径も3cm位なので、大きさも丁度合っているといえるだろう。

 しかし、黄色や青のバナナの写真を多数見ているうちに気がついた。バナナはまだ未熟な青いうちは、みんな三角形をしているのだ。巨大なバナナの花と一緒に写っている青いバナナの果実などは、まだ三角形である。膨らんでいくうちに、痩せた三角、普通の三角、膨らんだ三角、四角形、五角形となってくる。そして黄色くなって、充分熟すると、外の皮までほとんど丸くなる。

バナナの果実の生長イメージ

Photo_38 Photo_39  

Photo_40 Photo_41  

Photo_42 Photo_43

Photo_44

 

 

 外の皮まで丸くなっているバナナは、おいしいバナナであるという説がある。店頭で売っているバナナの中にたまに見られる、三角形、四角形の黄色いバナナは、中の実が三等分されている境目と、外の皮の五角形の区切りとがずれているなどの影響で、たまたま五角形にならずに、三角形、四角形のまま膨らんでいったと思われる。中身の三等分されている境目と、外の皮の五角形の区切りのずれ方は、バナナ1本、1本により、違っている。

 以上のことから、「丸に果実片喰」の膨らんだ三角形の果実を、四角形や五角形になる前の、まだ未熟な青い三角形のバナナであることにする。

 このように考えてみると、カタバミとの大きさの釣り合いといい、実が成長して、三角形、四角形、五角形、そして円へと成長する形といい、バナナはまるで神様が「丸に果実片喰」の果実のデザインにする目的でお作りになったかのような果実である。

 神様が、人類の魂を成長させることによって人類を幸せにしたい、という明白な意思を持ち、そのメッセージを私に託して、その思想を象徴した「丸に果実片喰」の果実のデザインにする特別な目的を持って、バナナという、我々日本人にとっても身近でおいしい果実をお作りになった、と考えるのは、おかしいだろうか? あまりにも偶然が一致するので、これを偶然ではなく、神様からのメッセージだと考えたいのである。

 もしも神様が人類の魂を成長させることによって人類を幸せにしたい、という明白な意思を持ち、それを人類にはっきりとメッセージという形で伝えたいという明白な意思を持っているのなら、それを表すために、象徴となる果物一つを作ることは、充分あり得ることなのである。そして、もし作るとしたら、当然の如く、食べやすく、多くの人間の好みに合うように、作るだろう。そして栄養的にも素晴らしいものを作るだろう。バナナの栄養価の高さはよく知られており、バナナはおいしくて、食べやすいので、人々から好まれている。我々の身近な果実で、食べやすく、おいしく、栄養価も高く、大きさも直径3cm程度で、しかも、三角形、四角形、五角形と成長していき、遂には、丸になるようなものが、他に存在するだろうか? 天皇を神とする天皇制思想の人や、無神論者である共産党思想の人からは、真っ先に「偶然に過ぎない!」と否定されそうな考えではあるが。。。

 天皇制思想の人からしたら、天皇以外に神と呼べる存在などあるはずもなく、無神論者から見たら、人類の魂を成長させることによって人類を幸せにしたい、という意思を持った、輝く光そのものである神など、存在するはずもない、ということになるのだから。

|

清和源氏が3代で滅亡した歴史から学べ

 清和源氏の棟梁の家は、内輪もめの殺し合いで滅びてしまった。そんなことがないように、心の流派の家紋の三つの尖った形を、剣ではなく、果実とした。

 「丸に剣片喰」の3本の剣。これは武力衝突。武力による争い。3本の剣が覇を争い、互いに疑心暗鬼となり、どんどん武力を伸ばしていったら、周りを囲む円―みんなの幸福―をぶった切って、壊してしまった。それが清和源氏の棟梁の家が滅びた原因。せっかく心を大事にするいいところもあったのに、疑心暗鬼と争いで自らを滅ぼしてしまった。

 清和源氏の棟梁の家が滅びたことから学び、家紋のデザインを3本の剣ではなく、1つの果実とした。主君の家が滅びた辛い失敗体験から学び、成長する。それが「清和源氏心実流」。

|

世界のみんなも、「清和源氏心実流(しんじつりゅう)」で生きよう!

 これは清和源氏の棟梁の家だけのことではなく、世界についてもいえることだ。世界の国々が、覇を争い、互いに疑心暗鬼となり、どんどん剣=武力を伸ばしていったら、幸福の輪が幾つもにぶった切られて、世界は不幸になり、滅びるだろう。

 本当の世界平和と幸福は、世界中の国と、世界中の人々の人間的成長によってしか、実現しない。剣=武力よりも、世界中の人間の人間的成長によって、人類は、安定と繁栄を目指すべきである。それによってしか、本当の安定と繁栄に到達することは出来ない。それを表しているのが、「丸に果実片喰(まるにかじつかたばみ)」という家紋である。

 このデザインは一見すると、「丸に剣片喰」のように、3本の剣が突き出ているように見える。そのように解釈すると、幸福を表す円を自分が手に入れるためには、武力を持って他に優越するしかないように思える。しかし、武力を表す剣が何本も伸びていくと、円が切断され、世界は不幸となる。たとえ、一時は世界を武力制圧しても、それは真の安定状態ではない。いつ他の武力に取って代わられるか、分からない。

 しかし、これを、3本の剣ではなく、3枚の葉の背後に隠れた1つの果実とみなせば、世界中の人、一人一人が人間的に成長することによって、果実の形も三角形から四角形、五角形へと成長していき、幸福を表す丸に近づいていく。果実が円になったら、幸福は本当の意味で安定的、永久的なものとなるだろう、と解釈できる。

 「丸い円―幸福―が自分の外側にあるのだ、だから力で奪え!」と考えるのが「丸に剣片喰」であり、「幸福の基は元々自分の内側にあるのだ、自分が人間的に成長することにより、初めて、自分自身が丸い円―幸福―となることができるのだ」と考えるのが、「丸に果実片喰」の解釈である。

 人々が人間的に成長することにより、「葉の間に見えるものは何ですか?」という問いに対して、以前は、「3本の剣」と答えていたみんなが、「果実(バナナ)」と答えるようになるだろう。これは何を意味するかというと、「平和と繁栄は武力によって実現できる」から「平和と繁栄は一人一人の人間的成長によって実現できる」へと、人類の意識革命が起きるということだ。そのことにより、世界の真の平和と幸福は訪れるだろう。

 世界中の人々が本当に幸せになるためには、人類みんなが、「丸に果実片喰」の表徴する「感謝、親切、工夫、成長、幸福」の思想で生きると良いだろう!

|

なぜ「清和源氏心実流」と名付けて、家紋まで作ったか、その真の目的

 人々を人間的に成長させたい。そのために、「感謝、親切、工夫、成長、幸福」の思想を広めたい。ある思想を広めるには、思想に特徴的な名前を付けるとよい。また、一目で分かるように、デザイン化するとよい。そのために、「清和源氏心実流」という名前を付け、「丸に果実片喰」という家紋も作った。

 人々を成長させるためには、「憧れの気持ち」を使うと良い。日本人は何に憧れるか?

 かつて、歴史上、清和源氏に憧れている英雄達が数多くいた。

 徳川家康の父方の家も母方の家も、清和源氏のなりすましの家と思われる。家康は清和源氏になりたい、という憧れの気持ちを持っていたと思われる。家康は清和源氏の名門武田氏の滅亡を惜しみ、武田氏を存続させるため、武田氏出身の女を捜し求めて側室として、子を儲け、武田氏の名跡を継承させたほどだ。また、織田信長も清和源氏の一族の名門明智氏を母に持つ濃姫を正室としている。戦国大名で、家系図を粉飾して清和源氏になりすましていた家は多い。

 つまり、日本人は、特に武家は、武勇に優れ、今までにない新しい価値を作り上げる創造力と革新的な力を持ち、藤原氏、天皇家から、武家として初めて日本の政権を奪った清和源氏に憧れを持っていた人が多い、と考えられる。

 よって、「感謝、親切、工夫、成長、幸福」の思想に、「清和源氏心実流」という名前を付け、清和源氏の一族になりたいと憧れている日本人が、「清和源氏心実流」という、血筋ではなく、心の流派の清和源氏になれる道を、日本の歴史上初めて作った。このことには、大きな意義がある。清和源氏になりたがっている人達が喜ぶという、大きな意義が!

 そして、その道は恐らく、唯一の、しかも日本人全員が通ることのできるほどの、広大な道である。日本列島がスポッと全部入ってしまうほどの、幅の広い大きな道である。また、地球全部が入ってしまうほどの、大きな道である。

 地球人全員が「清和源氏心実流」になって、「清和源氏心実流」の生き方をしたら、楽しいだろう。

|

「清和源氏心実流(しんじつりゅう)」のまとめ

 清和源氏心実流

 清和源氏心実流の家紋は「丸に果実片喰(まるにかじつかたばみ)」。

 家紋の名称まで変えてしまった。でも心の流派だからいいのだ。

 丸に剣片喰を家紋とする清和源氏の一族の血を引いた人間が創設した、心の流派なので、「丸に剣片喰」から派生した「丸に果実片喰(まるにかじつかたばみ)」が家紋である。

 日本で唯一つの心の流派。

 日本で唯一つの家紋。

 「丸に果実片喰(まるにかじつかたばみ)」

 カタバミ 花言葉は「輝く心」

 心が全て

 三枚の葉は、感謝、親切、工夫を表し、その背後に隠れた、膨らんだ三角形の果実は成長を表し、それらを囲った丸の枠は幸福を表す。果実は、三角形でもあり、四角形でもあり、五角形でもあり、大きく成長すると遂には丸になる、バナナである。

 カタバミは雑草。庶民を大事にする。心を大事にする。

 カタバミの黄色の5枚の花びらに、感謝、親切、工夫、成長、幸福を当てはめてイメージしてもよい。

 清和源氏心実流の生き方で生きるぞ! そのように決心した人は、既に清和源氏心実流!

|

私の血筋と魂のまとめ

 母方の家は清和源氏の家。ひょっとしたら尾張源氏、つまり、「天下一の士(つわもの)」と言われた、源氏の棟梁の源義家の娘と、尾張源氏の祖・源重遠の間の子孫かも。

 父方の祖母の家は尾張徳川家の家臣の家。足軽か? よく分からない。

 父方の祖父の家は清和源氏かも知れない家。でもよく分からない。

 魂は明治中期、新聞『日本』を発刊した、陸羯南の生まれ変わりかも知れない。しかし、確かめるすべはないし、その必要も無い。人間的に似ていればそれで充分。それ以上の意味はない。

|

日本人の思想の選択肢が3つに広がった!

 ここから先は、日本について見ていこう。日本には、天皇制思想がある。天皇制思想についてまとめよう。

【天皇制思想】

天孫降臨思想。

天皇は2700年続いた現人神の尊い血筋。

天皇家の血筋維持のために、一夫多妻制復活要望が根強い。

天皇がいれば日本は安泰。

日本人は天皇を敬え。

日本人は天皇のために死ね。天皇制に疑問を抱かぬよう、馬鹿になれ。日本人が「天皇制なんか、いらない」と言わないように、言論弾圧しろ。

日本人が「天皇陛下万歳」と喜んで死ぬような教育をして、軍事力を増強させれば、藤原氏と天皇家は安泰。一般国民? 血筋が卑しいから別に死んでもかまわない。

 次に、清和源氏心実流についてまとめよう。

【清和源氏心実流】

人間的に成長して、幸福になろう。

心を大事にしよう。人を大事にしよう。

庶民を大事にしよう。庶民が日本の宝。

血筋に尊いも、卑しいもない。

一夫一妻で配偶者を大事にしよう。そうすると幸せ。

日本人の頭を良くしよう。

世界の国が軍事力増強を競うのではなく、世界中の国と人が、人間的に成長することだけが、真の世界の平和と人々の幸福のための唯一の方法。世界の人達と友達になって、そのために、協力しよう。

 今まで、日本には、本当は百済王族である藤原氏と天皇家が共同で作った「天皇制思想」と、「共産党思想」のたった二つ、しかも、両極端の思想しか、主な思想がなかった。「共産党思想」が論外だから、「天皇制思想」を嫌々支持してきた人達も、いっぱいいただろう。

 しかし、「清和源氏心実流」という、日本のためにも、世界のためにもなる思想ができたのだから、これからは、日本人の思想の選択肢が3つに増える!

 しかも、「清和源氏心実流」が、一番、いかにも日本人らしい、日本人好みの思想だ。ほんわか、にこにこしながらも、キリッと引き締めるところは引き締める。そして遂には幸福になれる。3つとも思想だけど、宗教と言っても過言ではない。

|

3つの思想の中で「清和源氏心実流」が、唯一、いいよ!

 その中で、「清和源氏心実流」だけが、真の正しい宗教だと思う。真の正しい宗教ほど、人の頭を良くし、人の心をあたたかくし、みんなが仲良くなるものはない。その反対に、間違った宗教は、人の頭を馬鹿にし、残酷にする。間違った宗教は、人を大切にせず、「死ね、死ね」と残酷なことを言う。

 今述べた違い以外に、正しい宗教と間違った宗教を見分ける方法などないだろう。頭のいい人なら、簡単に見分けられる。

 ちなみに、天皇制思想は「血筋が全て」だが、血筋を誇るのは虚を誇るのと同じ。虚は実の正反対。「武勇を誇る」の武勇は実力だからよい。虚を誇る百済人と、実を誇る日本人の違いだ。また、「共産党思想」は唯物論だから、「物質が全て」。

 「血筋が全て」の天皇制思想。

 「心が全て」の「清和源氏心実流」。

 「物質が全て」の「共産党思想」。

 天皇制思想と共産党思想は、心を粗末にし、人間を粗末にするところが同じ。清和源氏心実流だけが、心と人間を大事にする思想だ。

|

全ての政党が「清和源氏心実流」支持であることを望む

 「清和源氏心実流」は、全ての正しい宗教の持つ、決して欠かすことの出来ない、共通部分である。

 だから、もしも将来2大政党ができるとしても、両方とも、「天皇制思想」支持でもなく、「共産党思想」支持でもなく、「清和源氏心実流」支持であって欲しい。できれば小政党を含めた、全政党が、「清和源氏心実流」支持であって欲しい。でないと、日本国民が本当の意味で、安心して政党を選択することはできないからだ。

 その上で、各政党は、政策立案能力や実行能力、重要な事柄のうち、何を一番重要視するのか、何が一番得意なのかなど、自分の政党の特徴を打ち出していけばいいのではないだろうか?

|

日本のGDP成長率を3%前後にするためには、何人、清和源氏心実流になればいいか?

 このブログを訪れて、清和源氏心実流になった人達が、清和源氏心実流の生き方をすることによって、人間的にも成長し、周りの人とも感謝・親切で仲良くなって協力的になり、幸福になり、仕事や趣味や生き方で、様々な工夫をこらすことにより生産性も上昇して、年収が平均2%上昇するとする。

 日本のGDP成長率を3%前後にするためには、清和源氏心実流になる人が何人必要か計算してみよう。その人数をn人と仮定する。日本のGDPを500兆円、日本人の平均年収は450万円、人口は1億1111万人1111人、日本の短期的な限界消費性向が0.6、乗数が2.5だと仮定する。

 すると、清和源氏心実流n人の年収の総額は450万円×n=450 n万円。それが平均2%上昇するので、450 n万円×0.02=9 n万円だけ年収の総額は上昇する。限界消費性向が0.6なので、国民所得が9 n万円だけ上昇したことにより、消費は、9 n万円×0.6=5.4 n万円増える。つまり有効需要が5.4 n万円増える。乗数が2.5なので、乗数効果によりGDPは5.4 n万円×2.5=13.5 n万円増える。GDP成長率が3%なので、

 13.5 n万÷500兆×100=3%。

これを解くと、n=1億1111万人1111 人となる。なんと、日本人「全員」か!

|

日本人全員が清和源氏心実流になろう! 子孫にも伝えよう!

 この試算の素晴らしいところは、一旦1億1111万人1111人が清和源氏心実流になったのなら、その人達が生きている限り、毎年色々な面で生産性を向上させ、年収を平均2%ずつ上昇させていくのならば、同じ効果がその後もずっと続くことである。つまり毎年、GDP成長率が約3%。

 そして、その人達が年取って世代が交代しても、自分達の子孫に「清和源氏心実流」の思想と生き方と心の家紋をしっかりと伝えるのであれば、その人達の死後も、その思想と生き方が子孫に引き継がれて、ずっとずっと続いていくであろうことだ!

 日本人全員が「清和源氏心実流」であり続けることは、日本人にとって、よい選択の一つだろう。これよりも、もっと優れた思想にタッチ交代する未来まで。(それは数百年?位先の未来だろうから、もちろん、みなさんはとりあえず、そこまで考える必要はない)

 みんな、がんばって、清和源氏心実流を広めよう!子孫にも伝えよう!

 日本人全員が清和源氏心実流になれば、日本のGDP成長率は3%前後になる!みんな、協力頼むよ! 自分と世の中の人々の人間性を向上させ、幸福になり、ついでに、日本のGDP成長率も3%前後になるようにしよう!(・3・)ノツ 一石二鳥で頑張ろう!

|

世界中にも広めよう!

 そして、日本のみならず、世界中に「清和源氏心実流」という思想と生き方を広めよう!

 世の中の人々が本当に幸せになるためには、世界中の人間一人一人が「全員一人残らず」人間的に成長することが、絶対に必要だ。そのための唯一の方法が、感謝、親切、工夫で、成長し、幸福になる、ということだ!自分自身の人間的成長なくして、真の幸福なし。

 世界中の人達が「清和源氏心実流」という生き方によって、人間的に成長し、そのため世界の平和が訪れて、みんながより幸福になるのならば、私も日本人の頭を、みんなの頭を、良くするために、命を懸けた甲斐がある!

|

清和源氏心実流のみんなへ 心の友のみんなへ

 みんな、清和源氏の誇りを持って、日本を支えるために、頑張って欲しい! 賢くなって欲しい! 逞しくなって欲しい! といっても、人との競争ではなく、昨日までの自分自身よりも、より賢く、より逞しくなっていけばいいのだよ。人間的に成長していけばいいのだよ。毎年、毎年、去年よりもちょっぴりだけ、着実に成長していけばいいのだよ。日本人全員が、清和源氏心実流として頑張れば、日本のGDP成長率を約3%にすることができて、日本をしっかりと支えられる!

 日本の未来は、私とみんなが作っていくんだよ! みんな! 力を合わせて、頑張ろう!

 感謝、親切、工夫、成長、幸福だYO(・3・)ノシ!

 人間的に成長するために、毎日、毎日、着実に、楽しく、前進して行こうね。

|

偶然ではなく、高級霊の強い意思を感じる

 偶然にも、私が清和源氏の末裔として誇りに思っている3代将軍「源実朝」の名前にも、私が自分の前世か、と思ったことのある「陸羯南」の本名の「陸実(くがみのる)」にも、また、私「自分流」の本名にも、しっかりと「実」の字が入っている!

 「実」は、家紋「丸に果実片喰」の解釈で、極めて重要な意味を表す。

 また、偶然にも、フォトリーディング集中講座(再受講引退の回)の最後の日は、私の高祖父で清和源氏のご先祖様の「源三郎」さんの命日だ(これは名のみ。名字はもちろん源ではない)。

 みなさんは、どちらも偶然だと思っているかも知れない。また、「源三郎」さんの命日が再受講最後の日になるように、私が狙って申し込んだと思っているかも知れない。しかし、申し込む時には、どの講師が良さそうか、しか考えていないし、申し込んでも抽選に外れることもある。また、今年の命日が、集中講座のある「日曜日」になったことは、操作して出来ることではない。私は偶然ではなく、高級霊界からの働きかけがあるように感じられる。

 3人の名前に「実」が入っていることと、再受講最後の日が「源三郎」さんの命日だったことについて、次の二つの強い意思を感じる。①「清和源氏心実流」では、「剣(=武力)よりも、実(=人間的成長)が世の中の幸福を作る」ということを特に強調して欲しい。②「清和源氏心実流」という思想は、霊界の清和源氏(源実朝の誕生年は1192年。しかも、実朝が最後の源将軍)の軍団と、陸羯南と、私、その他、色々な高級霊軍団がみんなで協力して作った思想であると発表して欲しい。

|

新約聖書の中の『光の子』

 ここで、フォトリーディング集中講座で習ったことが起きた。なにげなく本を手に取ってパラッと開いたところに、大事なことが書いてあったのだ。

 私は中・高一貫のカトリック系の学校を出ている。その時に学校で使っていた『新約聖書』(フランシスコ会 中央出版社)を、私はずっと本棚の奥にしまっておいたのだが、それを手に取ってパラッと開いたところ、次の文章が目に留まったのだ。それは、『新約聖書』の「エフェソ人への手紙」の中の、「『光の子』として生活せよ」の中の文章である。それをここに引用しておく。

 「――実に、光が結ぶ実は、あらゆる善意、正しさ、真実をそなえたものです――」

「丸に果実片喰」

カタバミの花ことば:輝く心

 これは、「清和源氏心実流」と「丸に果実片喰」のことを指していると感じた。神様から、私を通じての、みなさんへのメッセージではないだろうか。

|

日本の象徴

 日本国民の総意により、「清和源氏心実流」という思想を日本の象徴とできたら嬉しいな。でもよく考えたら、象徴というのはシンボルなのだから、象徴にすべきなのは、この思想を象徴する家紋の「丸に果実片喰」の方だった。だから、次のように訂正する。

 日本国民の総意により、「丸に果実片喰」を日本の象徴とできたら嬉しいな。そうしたら、日本国民全員が「清和源氏心実流」になるのだから、私の試算が正しければ、日本のGDP成長率も、ずっと安定して3%前後になるし。

|

この続きは、左上のリンク集の「成長するため、正しい地図を手にしよう」へ

|

左上のリンク集に「東日本大震災 東京電力福島第一原発事故情報」あり

  

|

«この続きは、左上のリンク集の「成長するため、正しい地図を手にしよう」へ